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テレビ会議教室
7.標準化について【標準化の今後の課題2】

7.標準化について【標準化の今後の課題2】

前回は、主に今後の標準化活動の展開についてお話しを伺いました。今回は標準化の最後として、標準化団体が抱える課題などについてお伺いします。

現在、標準化団体というのはどのくらいあるのでしょうか。

大久保先生

この数年で、標準化団体は非常に増えました。昔はITUやISOなどの国際標準化機関だけだったのが、90年代に入ってたくさんのフォーラムやコンソーシアムなどが作られました。当事者同士が集まって合意をして、これをみんなが実行するというタイプの標準化ですね。
テレビ会議に特化したフォーラムはありません。IMTCという団体はありますが、IMTCは自ら標準を作っているわけではありませんので。
しかし、ネットワークの世界などでは国際標準化機関以外にもたくさんのフォーラムがあって、これも今は、ある意味一種の競争になっているんですね。これはいい点かもしれないし、悪い点かもしれません。
デファクト・スタンダードとデジュール・スタンダードの間に、フォーラム標準がたくさん出てきていますというのが、現在の標準化における特徴の1つです。

しかし、たとえばIETFという団体は、フォーラムでありながら異色の存在です。IETFは設立経緯 からすると、フォーラムであって国際標準化機関ではないんですね。ITUやISOのように政府機関との合意・契約で運営されている団体ではないので、アメ リカの一団体と位置付けられます。
しかし、 IETFのRFCがインターネットに関する技術の標準を定めているわけですから、フォーラム標準というには役割や影響力が大きすぎます。そこから考えると 国際標準化機関と同等といいますか、国際標準化機関に属すると考えてもいいかもしれませんね。

しかし利用者にとってみれば、その標準を誰が作ったのかはたいした問題じゃありません。中国の政治家 である鄧(トウ)小平氏の言葉に「黒い猫でも白い猫でも、鼠を取るのが良い猫だ」というのがありますけれども、「中味がどうであれ、理論がどうであれ、 ちゃんと使えて世の中の役に立てればいい」というのが標準化の本質的なところなんです。
だから今後の標準化の進め方、特に国際標準化機関の進め方は脅威にさらされているというのが現実ですね。

IMTC (International Multimedia Teleconferencing Consortium)

IMTCは、北アメリカ・ヨーロッパおよびアジア/太平洋から参加したメンバーと会員によって構成された公益法人です。対話型マルチメディア遠隔会議シス テムの開発やサービスに従事しているすべての組織を結集し、必要な標準規格の採用実現とその推進を図ります。また相互接続試験の場を提供することにより、 国際的公開標準規格に準拠した相互運用性のあるマルチメディア遠隔会議システムの開発を推進します。

デファクト・スタンダード

競争の結果、市場で認知された「事実上の標準」のことです。
公的な標準化機関が認証したか否かにかかわらず、競争によって市場の大勢を占めるに至った規格のことです。身近な例では某ソフトウェア会社のOSによる市場90%占有があげられます。

デジュール・スタンダード

公的に組織された標準化機関により「認証された標準」のことです。
国の定める法律・省令・告示、ITU-TやISOなど公的機関が定める標準を指します。

それだけ標準化団体が増えてくると、標準化プロセスも機関によって異なりますね。
それとも、どこかが統制を取るのでしょうか。

大久保先生

標準化は、特別なルールがあってそれに従って機械的に行われているというわけではありません。標準化も人の成せるワザというか、人が行うことなので、必ずしも一様には運べないのです。
グループの性格や雰囲気は、そこに携わっている人たちの性格や信頼関係に依存する要素が多分にあります。ですから標準化プロセスも、グループごとに異なっていると思います。

具体例をあげると、音声符号化グループと映像符号化グループでは、かなり取組みの姿勢が異なります。
音声符号化グループの人たちは、どちらかというと一社ですべてを作りあげ、各々完成したものを標準化の会議の席に持ち込んで比較し、最終的にどれかを選ぶというような、非常に競争的なアプローチをします。
それに比べて映像符号化グループの方は、たぶんシステム全体が大きいので一社でやりきれないという要素も大きいんだと思いますが、協力しあって行っていま す。H.261のときにリファレンスモデルについてご紹介しましたけれども、そういう歴史も影響して、お互い協力してやっていこうというグループの雰囲気 が作られているんでしょうね。

また、技術的アプローチの面でも異なりますね。
音声符号化グループのアプローチは、ビットイグザクト(bit exact)といいます。通信線の上を流れるビットレベルで標準に従っている限りは同じビットストリームとなり、デコーダーの出力も同一で、パフォーマン スも一定なのがビットイグザクトの意味です。圧縮符号化の標準はエンコーダー側とデコーダー側がありますが、音声符号化はその両方を規定していて、どの製 品を使っても同じパフォーマンスを出します。
実はそれは、電話の文化から来ているんですね。電話はQoSを管理して、一定の品質を得られるようにしています。国内接続、国際接続に関わらずEnd to Endで(それをMouth to Earといいますが)、口からものを発して耳に届くまでの間を管理しているんです。そういう文化が基盤にあるので、エンコーダー、デコーダー、パフォーマ ンスもすべて規定しています。

一方、映像符号化はデコーダー側だけを規定し、エンコーダー側がどういうストリームを発生させるかに 関しては、標準のデコーダーが動きさえすればいいですよということになっています。だから自由度が大きいのです。同じ標準に従ったとしても、製品によって パフォーマンスが全く違います。映像符号化はいろんな努力でパフォーマンスをあげることが可能ですので、意図してそのようにしているところもあります。
これはあるエピソードですが、H.261の時代には動き補償という技術がキーになっていました。動き補償は当時は非常に重い処理でした。そこでそれを必須 にはしなかったのです。デコーダー側では、動き補償されたビットストリームがやってきてもきちんと動作することが必須でしたが、エンコーダー側は使っても 使わなくてもいいことになっていました。非常に軽くしてパフォーマンスは二の次でいいというアプローチでも、丹念に動き補償に対応してパフォーマンスをあ げるアプローチでも、どちらでも自由ですよということですね。

さらなる要素として、プリ/ポストプロセッシングという、符号化・復号の外側でパフォーマンスを向上させる設計思想があります。これも音声符号化では規定されていますが、映像符号化ではフリーです。
たとえば入力映像にノイズがある場合、それを圧縮符号化するときついので、ノイズリダクションなど何らかの前処理をして符号化したり、出力したものに少し フィルターをかけて余計な雑音や歪みを取って出力するという対処方法があります。しかし、それは相互接続性にはまったく関係ありません。だから映像符号化 では、このような処理は作る人の努力にゆだねられています。そういう違いが、同じ標準に従っていてもパフォーマスンスがずいぶん違う要因になっているんですね。

このようなアプローチのもう1つの例は、MPEGの映像符号化です。MPEGの映像符号化は90年代から行われていて、放送分野で使用されています。
その中で、たとえばHDTV(High Definition TeleVision:高精細テレビ)の放送品質がだんだんよくなってきていますが、これは送る側の努力の結果なんです。放送局、つまり送る側が努力し て、より少ないビットレート(いまの場合ですと放送法で与えられた帯域幅で実現できるビットレート)でよりいい品質を出していく努力を重ねています。 NHKの方のお話ですと、10%、20%というオーダーで改善されているそうです。放送は目に見える形で結果が出てきますから分かりやすいですね。

これは、どの方法がいいとか悪いということではありません。結果を出すことが目的ですから、最終的にコンセンサスを得られればいいんです。
過去には標準化に至る前に決裂した例もあります。これは携わっている人にも周りにとっても残念なことです。第三者の立場では、もっとこうやったらどうです かとかアドバイスできることもありますけれど、その組織の人たちには自分たちの文化があるわけですから、なかなか容易には変えられないということじゃない かと思います。

符号化の標準化に比べてシステムの標準化は難しいと聞きますが、それはどのような点でしょうか。

大久保先生
符号化の標準化は到達点が非常にはっきりしているので、分かりやすいしやりやすいんですが、H.320やH.323というシステムをどうしていくべきかという話になると難しいんです。システム的なものは、標準化の手法が確立されていないんですね。 だから、そこに集まった人たちのセンスに従って行われることになるんですが、システムの標準の作り方はなかなか良い方法がないままずっときています。 ポイントしては、モノサシが何かです。 システムは、どちらかというと要素を集積していくタイプの標準です。映像の符号化は何を使いましょう、音声は何を使いましょう、何を必須にしましょうというのがキーになるわけです。 その分、音声・映像の符号化と違ってたくさんのモノサシがありすぎてしまい、良いか悪いかを全体的にみて判断せざるを得ないということになってしまいます。ここが、システム標準化のやりにくいところです。

FAXを先行指標にしたという話題のときにも少し触れられていますが、標準化に伴うIPRの問題とはどのようなものでしょうか。

大久保先生

知的所有権を提案者が保有したまま、標準をつくるのは避けられません。最新の技術を取り入れなければ、性能が上がらず、非 標準製品との競争に負けてしまうからです。最新の技術は特許など知的所有権を伴うのが普通です。権利を保護するというのは発明者個人を保護することです。 それに対して標準というのは万人のために作られているものなので、利害がかみ合わないのは明らかなんですね。問題なのは、標準を使ったときに発生するロイ ヤリティです。
標準化機関はどこもそうですけれども、標準を使えるようにするというのがボトムラインで、法的な権利を有する立場にはありません。権利と標準化の現実的な 解として標準化機関が取っている立場は、「権利のある技術を入れることは構いません。ただし、その使用に際しては、誰にでも無差別に許諾されるものでなけ ればなりません。特許などの知的所有権が有償か無償かは問いません。有償の場合、使用料が法外であってはなりません」というものです。技術を提供するため には何かしらの投資を要しているわけですから、知的所有権などでそれを回収することについては否定できないということですね。法外でないのがどの程度かと いうことが、次の問題になりますけれど。

これまでの事例でどういう解決方法があったかというと、1つは権利者がロイヤリティフリーまたは要求しないとする方法です。FAXの符号化ではその方法が選択されました。しかし、最近ではそのような選択は少なくなってきています。

テレビ会議システムにおける最近の例では、米Polycom社のSiren14技術ですね。広帯域音 声符号化の新しい標準として、ITU-T RecommendationG.722.1 Annex C として正式に承認されましたが、米Polycom社は「この技術がメーカーに広く採用されてお客様が気軽に利用できるようにするため、ライセンス料を無料 (ロイヤリティフリー)で提供します」と宣言しています。
この場合米Polycom社、つまり発明者側にどういう利点があるかというと、テレビ会議システム全体がこの技術によって活性化しマーケットが拡大されるならば、それで回収できるだろうということなのではないかと私は考えています。
反対に、JPEG特許権侵害(ロイヤリティフリーと想定されていたJPEG標準使用に対し,最近になって米国のある会社が自社保有特許の使用料を請求している)のような例だと利用者は困ってしまいますよね。

もう1つの成功例は、MPEG LAという、MPEGの開発及び特許権管理の任意団体です。MPEG-2の権利者というのは、非常にたくさんいます。利用者がMPEG-2を使おうとする と、標準化機関からは「権利関係には関与できませんから当事者同士でやってください」と言われてしまうわけです。その結果極端な言い方をすると、数十に渡 る権利者と1つずつ交渉しなければなりません。これは非現実的な話です。
そこで関係者が権利者を集めて、権利者を代弁する機関MPEG LAを設立しました。MPEG-2の利用者は、MPEG LAとだけ交渉します。MPEG LAに加入していない権利者も存在しますが、その部分だけは個別に交渉してもらいます。それでも交渉先の数は激減します。
MPEG LAのような団体のもう1つの効果は、全体としてリーズナブルなライセンスにできることですね。個々に交渉して積算すると、総額は非常に高くなってしまい ます。MPEG LAを介すれば、利用者は一括でリーズナブルなロイヤルティで設定できるんです。 また、権利者側には確実に特許使用料を回収できるというメリットもあります。権利は、積極的に回収しようとしなければそのままになってしまいます。弁護士 などを抱えて積極的に集めることができる企業ばかりではないので、両方にとってメリットがあります。

MPEG LAのケースは、標準に関わるIPRの処理方法として先行指標となっています。後続する標準もだいたいその方法に倣ってきていますね。

MPEG LA

松下電器産業、ビクター、フィリップス(U.S. Philips)、コロンビア大学(Columbia University)などが参画して、1992年11月に結成されたMPEG開発及び特許権管理団体の名称。ビデオ圧縮とその伝送技術であるMPEG- 2標準について、24社134件の特許を管理し、878件のライセンスを提供しています。

ありがとうございました。標準化の歴史や団体に関するエピソード、今後の課題を通して、標準化のあり方を垣間見れたように思います。
次回からは、「テレビ会議に関わる人間要因(ヒューマン・ファクタ)」について、数回に渡ってお伺いします。

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